自分を超えていく方法

どうしたら成長できるのか。

この問いは度々人生の大事な場面ででてきます。

私の中でたどり着いた答えはわりとシンプルです。

他の人の意見を聞くということです。

誰の意見を聞くかという問題が新たに出てくることはありますが、基本的に他者の意見は自分だけで考える場合の枠をとっぱらってくれます。

短時間で効果的な意見は耳が痛い意見ということが多い気がします。

自分が経験したことがなくて、何となくネガティブな気持ちが起こるようなこと。

そんなことにこそチャンスがあるような気がします。

絶望感と希望はセットで存在するのではなかろうか。そんな経験を直近で体験したのでメモがてら残しておきます(笑) 

私の場合は自分の声の出し方が今まで不自然だったということに気づきました。

きっかけは友人に自分の声の特徴、歌声で何か気づくことがあったら教えて欲しいと何気なく聞いたことでした。

思いのほか具体的でかつ本質的な答えをしてくれました(笑)

今までの私の声は実は作られたものであった可能性が浮上。

自分が普段発していた声は自分のイメージにより高い声が作られていたようでした。

自然な声はずっと低い声のようです。

これは私にとってはショックな出来事でした。

幼少の頃から私は高音のクリアボイスに憧れていました。

憧れはときに自分に持ってないから憧れたりうるもの。

友人から具体的な声の出し方を聞きなるほどと感じました。

その声の出し方から自分の声の出し方を分析すると、たしかに自分の声の出し方は自然ではないという結論に至ります。

今までの自分の声だと思っていたものは偽物であった。

よく考えると思い当たることが多々でてきます。

歌っていていっつもサビがきつい。

歌っていて自分のもの足りなく感じるときにかぎって人にお褒めの言葉をいただくことがままある。

それは自己認識の認知が正しくなかったと表現できると思うのですが、

自分の声だと信じていた声に愛着がある分だけ、受け入れるのにかなりショックを受けました。

自分の声というものに対して強いアイデンティティを持っていたようです。

久々に強いアイデンティティの崩壊を体感しました。

一方で行き詰まり感を感じていた声の出し方に新たな可能性も浮上。

正しい声の出し方をすれば音域が広がるばかりか声量が上がる可能性がある。

自分が感じていた限界を突破し、到達できないと思っていた声を出せる可能性がある。

2つの相反するような感情のはざまに私は頭が混乱しました(笑)

話をはしょっているので読んでいる人には何を書いているか分からないかもしれませんが、この混乱する感覚は自分が枠をこえるときに今まで私が感じてきた感覚に共通するものだったような気がします。

変わりたくない自分が変わる自分を必死に抑え込もうとする瞬間とでも言うのでしょうか。

この感覚は本当に気持ち悪いです(笑)

そんなときは一度人の意見を信じてえいと踏み出すこと。

これが流れを変える上で効果的ではないかと思います。

さあ。今日から声の出し方を変えよう。はぁ(笑)

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家庭教師・司法試験受験生 【経歴】 家庭教師歴4年・塾講師(個別指導)歴3年 千葉大学専門法務研究科修了・千葉大学法経学部卒・巣鴨高校卒 【自己紹介】 司法試験の勉強をする傍ら家庭教師をしています。自身が勉強してきた経験および家庭教師の経験から勉強が好きになりました。日々の気づきや体験談を中心に発信します。

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