年末年始で気づいたことがあります。
小さな差に見えるものは大きな差であることが少なくない、ということです。
遠出の交通機関の待ちの時間で勉強をしました。
1時間くらいだったと思うのですが自分が思っていた以上に勉強が進みました。
案外座ってする勉強だと1日くらいかかったかもしれません。
中学生や高校生の頃ってすき間時間勉強しようとなりませんでしたか?
できる人とできない人がいたと思います。
私はできない人でした。
誰でも単語集を眺めることができたかもしれません。
でもそれが効率的な勉強になっているかというと話は別になってきます。
例えば、試験前の勉強で自分のよく目にするけれど分からない単語を集めたものを見る。
ここでは、自分の苦手な単語は何かが分析されていて、整理されていて、すぐ役立つものになっています。
一方普段開かない単語集を試験直前に見る。
意味がないとはいいませんが、仮にヤマ勘が当たることがあっても、得点につながるかは分かりません。
同じ試験前の10分の勉強でも効果が全然違うと思います。
これが毎日積み重なると考えると、おそろしいですね。
すき間時間の勉強で効果的かどうかは見かけだけでは判断できない要素がたくさんあるんです。
私の場合は、➀準備が足りない、②そもそも目的が不明、③文字を見るだけで疲れる。などの問題がありました。
大人になりいろいろ経験した私は少し違いました。
入社した会社が不動産業の会社だったので、宅建をとる必要があります。
宅建合格のため、まずは全体像をつかむために一問一答の問題を解く。(目的が明確)
市販の問題集で宅建業法の分野に絞った量だけを用意した。(移動先で効率よく勉強するための準備をした)
司法試験の勉強を通して文字への耐性をつけた。体力は仕事で鍛えた。(知的体力も体力もかなりついた)
なので久々にしたすきま時間の勉強なのですが、学生時代と比べてとても意義のあった時間の使い方ができました。そして、終わった後に自分で驚きました。
きっと中学や高校でもそんなことに気づいて努力をしていた方がたくさんいたんだろうなと思います。
当時小さいと思っていた差は実はとんでもなく大きかったんだなと気づきました。
これは勉強に限った話ですが、それにとどまりません。
同期であっても、スタート地点が違う、見えてる景色が違うということが多々あったんだなと今では思います。